暇なときは(毎日暇)図書館に行くか、いつもの本屋に行っていろいろ物色した挙句一冊だけ本を買って、コーヒーを飲みながら撫でなわすことになる。
行きつけの喫茶店も沢山ある。この本屋さんの「m-cafe」。この店は「リトルソルト」というケーキ屋さんの親分がオーナーで、この女性が結構面白くて可愛い。そしてあの生意気な店「方寸」、ふらりと行くと「行くところが無いんじゃろ!」ときつい一発が来る。でも我慢する。生意気な小娘が居るから。その2軒隣の「フレンド」、ここが一番付き合いが古い。コーヒーだけで粘って本を読んでいるとママがお変わりをいれてくれる。一番コーヒーが美味しいと思うのは「すえのぶ」。おじさんが一人でやっていて、豆を直輸入して自分で焙煎して出している。もう30年以上の付き合いになると思う。3000円で10回分のコーヒーが飲める。昔はよく麻雀もした。
会話を楽しむところ。コーヒーを味わうところ。ゆっくり本を読みたいとき。人と会うとき。それなりに使い分けている。
2011年5月22日日曜日
すずらんの群生地を訪ねる
クヌギ林に行って、一仕事する予定だったのですが運よく雨。今日は読書の日と決めて、井上ひさしの「日本語教室」新潮新書を読む。前に「作文教室」という文庫本を読んだのですが、これはとても面白い本でわたしの作文作業に大変役立っています。
この「日本語教室」も期待通り面白い本でした。
翌日はうす曇。朝の間に少しばかり草刈り。10時頃になると、隣人から「コーヒーにするべえ」とメールがあり、いつものとおり世間話集会の開催となる。
「ボチボチ隣村のすずらんが良いんじゃないかえ」「行ってみるべえ」と、早速15分ほど車を走らせて、「すずらんの自生南現地」を訪ねる。後数日後が盛りといわれたが、可愛いすずらんが丘一面に咲いていました。しゃしんも撮ったのですが、帰ってみて気づくとなんとメモリーが入っていませんでした。
こんな時ほどがっかりすることはありません。
その昔、といってもずーっとむかし、わたしが学生だった頃の北海道旅行で原生花園(だったかな)を訪ねすずらんの群生をみたのを思い出します。
そう、その時はあのむっつり氏もいたと思います。
この「日本語教室」も期待通り面白い本でした。
翌日はうす曇。朝の間に少しばかり草刈り。10時頃になると、隣人から「コーヒーにするべえ」とメールがあり、いつものとおり世間話集会の開催となる。
「ボチボチ隣村のすずらんが良いんじゃないかえ」「行ってみるべえ」と、早速15分ほど車を走らせて、「すずらんの自生南現地」を訪ねる。後数日後が盛りといわれたが、可愛いすずらんが丘一面に咲いていました。しゃしんも撮ったのですが、帰ってみて気づくとなんとメモリーが入っていませんでした。
こんな時ほどがっかりすることはありません。
その昔、といってもずーっとむかし、わたしが学生だった頃の北海道旅行で原生花園(だったかな)を訪ねすずらんの群生をみたのを思い出します。
そう、その時はあのむっつり氏もいたと思います。
2011年5月15日日曜日
ブルーベリーの花を見ました
今年は竹の子も出来が良くないと、ゴルフに行った友人が言っていた。
先週産山に行き、波野の道の駅で買い物をした時、店員さんが「今年はすずらんの咲くのが遅れているんですよ。今からが時季になりますね」というのを聞いた。波野はすずらんの南限地で、自生地がある。残念ながらすぐ近くに居るのにまだ行った事がが無い。今年は行って見ることにしよう。
クヌギ林の果樹たちを見て回っている時、おおお!こんなところにすずらんがとびっくりしたが、そんなわけは無い。
初めて見るブルーベリーの花だった。そういえば花を見るのは初めてだ。なんとまあ可憐な花だこと。
今年の初め重い重いピートモスを抱えまわして、木の周りにしきつけてあげたご褒美に違いない。
この調子なら実も期待できそうだ。
先週産山に行き、波野の道の駅で買い物をした時、店員さんが「今年はすずらんの咲くのが遅れているんですよ。今からが時季になりますね」というのを聞いた。波野はすずらんの南限地で、自生地がある。残念ながらすぐ近くに居るのにまだ行った事がが無い。今年は行って見ることにしよう。
クヌギ林の果樹たちを見て回っている時、おおお!こんなところにすずらんがとびっくりしたが、そんなわけは無い。
初めて見るブルーベリーの花だった。そういえば花を見るのは初めてだ。なんとまあ可憐な花だこと。
今年の初め重い重いピートモスを抱えまわして、木の周りにしきつけてあげたご褒美に違いない。
この調子なら実も期待できそうだ。
2011年5月8日日曜日
カラス対策は完璧か
少し忙しいことがあって、久しぶりにクヌギ林の山小屋に行った。
ようやくジャガイモたちが芽を出していて、畑が少しにぎやかになっていて、安心する。
しかし今年はいつもよりカラスの声が多い。すぐ近くにも寄ってきて何か悪さをすることはないかと様子を探っているように見える。
宮崎のアニイから聞いて、昨年から準備していた水糸を取り出して、クヌギの木から木へと畑の上・果樹のうえに張り巡らせた。
さあ、これで来るなら来い、である。
隣人をコーヒーに呼んで、帰りに説明すると「あれ?来る時は気づかなかったよ」といいつつ、えらく感心してくれた。
うまくいけば、今年はナスやトマトを植えても大丈夫かもしれない。
ようやくジャガイモたちが芽を出していて、畑が少しにぎやかになっていて、安心する。
しかし今年はいつもよりカラスの声が多い。すぐ近くにも寄ってきて何か悪さをすることはないかと様子を探っているように見える。
宮崎のアニイから聞いて、昨年から準備していた水糸を取り出して、クヌギの木から木へと畑の上・果樹のうえに張り巡らせた。
さあ、これで来るなら来い、である。
隣人をコーヒーに呼んで、帰りに説明すると「あれ?来る時は気づかなかったよ」といいつつ、えらく感心してくれた。
うまくいけば、今年はナスやトマトを植えても大丈夫かもしれない。
2011年4月25日月曜日
タラの芽に感謝の時季です
この時季はなんと言っても、タラの芽だ。我が家の林を歩き回って、とりあえず見当をつける。
だが今取れそうなのは少ない。仕方が無い。隣近所の林も盗み見て回る。するとすぐ隣の林にはこれ見よといわんばかりに林立している。ちっと早いかなと思うものが多いが、ちょうど良いものも少しある。
これは我慢すべきでない、と言い聞かせる。我が家のものを数本、隣人のものを数本、神に感謝しながらへし折る。そして少しだけ良心が痛むので「ほんのすこしだけタラの芽をいただきました」とメールを打っておく。これでアリバイは完璧である。
その夜、どんな夕食であったかは改めて書く必要も無いだろう。
こんな姿のものをだれがいったい、こんなにおいしいと発見したのだろうと、言い合いながら食べたのです。
だが今取れそうなのは少ない。仕方が無い。隣近所の林も盗み見て回る。するとすぐ隣の林にはこれ見よといわんばかりに林立している。ちっと早いかなと思うものが多いが、ちょうど良いものも少しある。
これは我慢すべきでない、と言い聞かせる。我が家のものを数本、隣人のものを数本、神に感謝しながらへし折る。そして少しだけ良心が痛むので「ほんのすこしだけタラの芽をいただきました」とメールを打っておく。これでアリバイは完璧である。
その夜、どんな夕食であったかは改めて書く必要も無いだろう。
こんな姿のものをだれがいったい、こんなにおいしいと発見したのだろうと、言い合いながら食べたのです。
2011年4月22日金曜日
リヤカーの復活で「東電のバカやロー」
クヌギ林で使っているリアカーのタイヤがパンクしていた。このリアカーが使えないと結構困ることがある。堆肥を作るための落ち葉や刈り草を集めるためには必要なものだし、果樹たちに肥料をまくのにも重宝している。
そもそもリヤカーがほしいと思ってあちこちのDIYの店を回り見つけ出すことができず、大分にあるリヤカーのメーカーまでたずねてその価格にたじろいでしょげ返ったものだ。たまたま訪ねた店の一番高いところに小さなリヤカーの取っ手らしきものを発見した時には恋人を見つけたときのような興奮を覚えた。
先日自転車のパンク修理キットを買って勇躍産山へ。昔やったことがある自転車の修理と同じ理屈だと思って取り掛かったが、どうしてもホイールからタイヤをはずせない。これがはずせないと中のチュウブが取り出せず修理ができないのだ。苦戦すること1時間余り、今日は日が悪いとあきらめた。
翌日冷静になって取り掛かると、なんとホイールそのものを二つに分解するようになっていたのだ。チュウブを取り出し2箇所の穴を修理して恐る恐る空気を入れると、哀れ、すぐに空気が漏れていることがわかる。そうそう、バケツに水を汲んでつけてみるのだ。別に2箇所の穴を発見した。
かくして見事に修理を終えて、わがリヤカーは復活した。
どこかの電力会社のように、どこでもれているか、どれだけもれておるか解らず、いつ修理できるかも計画が成り立たないようでは、われわれの仕事はできないのだ。ふん。
そもそもリヤカーがほしいと思ってあちこちのDIYの店を回り見つけ出すことができず、大分にあるリヤカーのメーカーまでたずねてその価格にたじろいでしょげ返ったものだ。たまたま訪ねた店の一番高いところに小さなリヤカーの取っ手らしきものを発見した時には恋人を見つけたときのような興奮を覚えた。
先日自転車のパンク修理キットを買って勇躍産山へ。昔やったことがある自転車の修理と同じ理屈だと思って取り掛かったが、どうしてもホイールからタイヤをはずせない。これがはずせないと中のチュウブが取り出せず修理ができないのだ。苦戦すること1時間余り、今日は日が悪いとあきらめた。
翌日冷静になって取り掛かると、なんとホイールそのものを二つに分解するようになっていたのだ。チュウブを取り出し2箇所の穴を修理して恐る恐る空気を入れると、哀れ、すぐに空気が漏れていることがわかる。そうそう、バケツに水を汲んでつけてみるのだ。別に2箇所の穴を発見した。
かくして見事に修理を終えて、わがリヤカーは復活した。
どこかの電力会社のように、どこでもれているか、どれだけもれておるか解らず、いつ修理できるかも計画が成り立たないようでは、われわれの仕事はできないのだ。ふん。
2011年4月15日金曜日
パーマカルチャーってなあに?
パーマカルチャーという言葉をはじめて知った。池澤夏樹の小説「光の指で触れよ」に出てきて、小説の中でも説明されていたが、ネットで調べておおよそのことはわかった。 要するに、福岡正信の自然農法の考え方に、できるだけお金を介在させない社会構造を作って、持続する生産可能な社会にしていこう、という考えだと理解した。(違うかもしれないけど) ポイントは「自然から何も奪わず、何も加えないこと」「自身は何も生産しない貨幣を関係の中心におかないこと」にあるようだ。 なるほど、と思いつつ、いつかどこかにあったような生産関係ではなかったかと、悩む。いっぽうで、そんなことがこれだけ消費文型がはびこった世の中で実現できるのだろうか、実現できたとしてもごく小さな集団の中でしか無理ではないか、とも考えてしまうのだ。 この年になって、悩むことが多いのだな。 でも面白い。
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