2012年12月29日土曜日

今年も終わりか、いつものように

ことしも残りわずかになった。
横山秀夫の「64」は7年ぶりの本格推理小説だというふれこみだったし、これまでの作品は期待を裏切らない作品だったので、思い切って買い求め時間をかけて(かかって)読んだ。
クヌギ林の隣人が「図書館で申し込んだら、21人待ちですと言われた。来年中に順番が回ってくるかな?」と嘆いていたので、持って行って貸した。
「面白かったか?」と言うので、
「教えん、途中までは大変だけど。」と答えておいた。
「実は高村薫の『冷血』を読もうかと思っていたんだが、パラパラとめくった限りではややこしそうだったのでやめたんだ」と言うと、「彼女はシチ難しいからな」と同意してくれた。
彼女もこれまでの作品はいいものばかりだが、「新リア王」「太陽を曳く馬」あたりから確かにややこしくなってきた。
おなじややこしそうなものを読むなら、学生を中心に広く読まれているといわれていて、一度は手に取ったことのあるマクニールの『世界史』にかじりついてみるか、と買ってしまった。
ほんのさわりだけだが、これは面白そうだ。
佐藤優の『読書の技法』によれば、ややこしい本を読むときは、片手にシャーペンを持って線を引いたり書き込みをしたりして読むべし、と言うので、その通りしているがはたして???
今年もこのようにして終わろうとしている。

2012年12月24日月曜日

木を伐って、ステーキを食う

クヌギ林の隣人から「シイタケ用の木を切りたい」と援軍を求めてきたので、おっとり刀で出かけました。
こういうときもあろうかと買っておいたヘルメットをかむり(こんな格好何年振りでしょう)、「お!準備が良いね」と言われご満悦。
2段はしごを目一杯伸ばし、できるだけ高いところにロープをかけて引っ張り道具(名前を知らない)を設置。
ところが、チェンソーが良く切れない。
「ちょっとタイム、研いで見よう」と寒い中で待機。
何とか苦労をして切り口をいれ、ジーコ・ジーコと引っ張りを開始。ゆっくり倒れ始めたのは良いが、となりの木の枝に引っかかって倒れてくれない。
二人で引っ張ってもどうにもならない。
「しゃあない、となりも切ろう」と素敵なアイデアを提案。
と言う塩梅で、5本切るのに2時間近くもかかってしまった。

「昼飯にしよう」「朝地のステーキ肉を買ってきてあるど」「なぬ!そらあ、豪華じゃ」
「美味い、これは美味い。満腹じゃ」
そこへもう一人の隣人からタイミングよく「コーヒーが入ります」と連絡。
ストーブを囲んで「病気自慢の討論会」が続くのでした。

2012年12月19日水曜日

気ままな時間を過ごすと言うこと

一ヶ月近くもクヌギ林に近づいていなかったので、小屋の掃除でもしようと思ってでかけた。
一面の落ち葉のじゅうたんの中に、何の変わりもなく静かな景色が待っていた。めくれた遮光ネットからたくさんのシイタケが顔を出している。
ここは何の変化もない。
部屋の掃除もせず、ほんの気休め程度の落ち葉かきをしただけで、久々に横山秀夫が書いた「ロクヨン」を読んで過ごした。
こんな気ままな時間は久しぶりだ。

「コーヒーだよ」と隣人からメール。今日は3人が集合。そして総選挙の総括。
「日本人はほんとにバカなのかお人よしなのかわからんね。その時の風であっちにいっせいに流れ、その次はこっちに流れとまるで主体性というものがない。まあ、それが美徳と言う人も居るけど」と言うのが結論と言えば結論。

物忘れがますますひどくなっている爺さんとしては、「まあいいか」と言うことか。

2012年12月4日火曜日

本物の政治家はどこに居る?

ようやく(やっとと思う人もいるかもしれませんが)選挙が始まりました。
面白いですね。
どれが本物の政治家で、どれが偽者の政治家かなんて良くわかりません。日ごろ言っていることと、都合で飛び込んだ政党がまったく違うことを言っているなら、翌日からするっと変えることができるんですから。
もう、国民のためでも、日本国家のためでもありませんね。自分のため以外の何ものでもありません。
優秀な官僚に足元を見られて、手玉に取られるのは仕方のないことかもしれません。何しろ官僚の皆さんは選挙もないし、失敗しても責任を取らされることもないのですから。表面だけ政治家のご機嫌を取って、実は自分たちのいいように政策を実行していけばいいのですから。
まあ、私たちの国はしばらくはこのような状況なのでしょうね。
私は良いですよ。もうそんなに長くはないですから。それほどの影響もうけないでしょう。
でもね、子供や孫たちのことを考えると少し申し訳ないと思うのですよ。こんなにしてしまったのは間違いなく私たちの世代なんですから。
自己中の政治家や腹黒い官僚を何とかしないとね。申し訳ないじゃすまないもん。

2012年11月25日日曜日

政治家たちの右往左往を楽しもう

こんな面白い選挙が今まであったでしょうか。
政治家なんか信用できない、選挙に行っても何も変わらないからもうやめた、などといわずこのぐちゃぐちゃ状況を楽しんでみてはいかがかな。
民主党はおそらく半分以下になるだろう、自民党は増えるが過半数は無理。おまけに合従連衡で次々に新政党ができて、14党で争う選挙になって昨日の政党と今日の政党が違うと言う候補者も一杯。これは面白いとしか表現できません。
他所の国でもこういうことがあるのでしょうかね?
どこも勝たないだろうと言うのがマスコミの言い分ですから、そうなると勝者は国民にならなくてなりません。
面白いのは日本維新の会。もう政策の整合性なんかどうでも言いと言う感じで石原さんと橋本さんがお手手をつないで、みんなの党に「この指とまれ」と誘いをかけましたが、そうはいかん、と断られそうです。さすがにこんなめちゃくちゃはいけません。
もうひとつ面白いのは「みどりの風」かな。いろんなところから寄せ集めの感じはほかと一緒ですが、集まった女たちが面白い。社民党を追い出された女も参加するそうですから、さらに面白い集団になるのかもしれません。そうそう可愛いエリコちゃんも行ったしね。
毎日の新聞を見るのが楽しみです。昨日はどの政党がちょっかいを出したのかな、誰が離党してどこに逃げ込んだのかな、どんな思惑で動いているのかな?などと陳腐な推理小説のなぞ解きをしてみるのも楽しいのです。
政治家たちの右往左往、わが身の保身の場を求めてさまよい歩く姿をしばらくは楽しむしかないでしょう。

2012年11月20日火曜日

「てんやわんや」でたのしい選挙だ

野田君がついに「カイサ~ん」と叫んでしまったので、「てんやわんや」です。
党首討論と言った時、「ん!」とは思ったのですが、後知恵で「やはり」とあわてています。
クヌギ林の隣人たちは「まだ俗世にかかわっているのか」とあきれていますが、楽しみで駆けまっているのですから、それに立派な商売でもありますので「うひひ」です。
退院後初めての診察で「次は来年にしましょうか」と言ってくれるので、よほどうれしい表情をしたのでしょうか、「前立腺はまだ疑いが充分ありますから」と脅されて「しゅん」です。
2か月分の薬をどっさりもらって、半分だけ「るんるん」で帰ってきました。
生活態度は随分真面目になりました。なんと夕食時には家に居ることが多くなってしまいました。
ついこの前までは友人と食べているか、麻雀屋で店屋物を「ポン」とか言いながら食べていたのですから、結構な変わりようです。
追い討ちをかけるように、大好きな選挙でしばらくは雀荘ともお別れかな。

2012年11月9日金曜日

一ヶ月ぶりの山小屋は

 一ヶ月近くも行けなかった産山の山小屋に行ってきました。
 もう落ち葉がすべて落ちて、じゅうたんのように敷きつめられていると思っていたのに、まだ三分の一は残っています。これでは今掃き集めてももう一度やらされることになりそうなので、こんどきたときにしようっと。
 畑はすっかり荒れています。
 サトイモを少し掘ってみました。手入れが悪かった割には実がついています。
 どういうわけか、ミニトマトはめちゃくちゃ元気です。まだたくさんの青い実をつけています。欲を出して肥料を少し根元にすきこんで上げました。今度来る時には赤い実をたくさんつけていてくれるという算段です。
 居ない間のシイタケをとなりの住人にとって食べてくれるよう頼んでおいたのですが、できてないぞと嘆いていたのに、私が覗いてみると結構できているのです。さすが主人の帰りを待って出てきたのかといとおしくなります。もちろん隣人にも「出てたよ」と分けてあげました。
 三日目にもう一人の隣人がやってきて、「どこか遊びに行こう」と言うので、白水ダムを指定して連れて行ってもらいました。ダムなのに国の文化財とかになっているめずらしいところです。
 ほんの30分くらいでいけるところなのに、行ったことがないのです。写真では何度も見ているのですが、なるほどきれいなところです。しかしここも豪雨の爪あとが残っています。紅葉はもう少しでしたのでその時季にはどれほどでしょう。
 ダムの上まで狭い階段を上がるのですがこれが怖い。病み上がりなので(関係ないのですが)足ががくがくします。
 一人で四日ほど過ごしました。

2012年11月2日金曜日

ようやく仮出所

22日の拘留期間を終えてようやく仮釈放の身となりました。
保釈金を払って、正門から堂々と出てきました。久々の娑婆の空気はいつの間にかすっかり秋の気配でいいものです。
長引いたのは、せっかくの医師の配慮で無理して入れた手術の予定日にどうしたことか熱を出してしまって、それもこれまで経験したことがないような高熱で、「こりゃだめだ」と延期したことが大きな原因です。
まるで子供の知恵熱のようです。
それからは熱の原因究明や安定のために、それに手術の日程が取れなかったこともあって、10日あまりもかかってしまいました。
手術の詳しい経過は又改めて報告するとして、初めての経験はそれほど悪いものではありませんでした。
医師の説明では、膀胱の癌はほぼ切除できたようです。問題は前立腺の肥大で、これが薬で治療できるものはどうかしばらく様子を見て、こいつに癌ができているようならもう一回やりましょうかねと言うことのようです。
こうなれば、言うとおりにするしかありません。
山小屋の周りはすっかり落ち葉のじゅうたんになっていることでしょう。来週には覗いてこようと思っています。

2012年10月12日金曜日

ついに逮捕状

ついにと言うかようやくというか、病院から逮捕状が出ました。
容疑は、膀胱ガンおよび前立腺腫瘍だそうです。
元はといえば、戯れに行った市の健康診断。精密検査を受けるように指導され、言われるままに大きな病院で検査を受けると、エコー、MRI,CT,レントゲンなどなどいろんな検査を受けて、「立派な膀胱ガンです」とアリバイを主張する隙間もありません。
おまけに上客だと思ったのか、「予定が詰まっていますが何とかしましょう」と親切にも来週早々に手術となりました。
造影剤などと言うのは初めてでした。
大きな注射針を差し込むのですが、ここの看護師さんは慣れていないようで、いかにも自信なさそうにするのでうまくいきません。
ついに応援を呼びました。来たのは可愛い若い看護師さん。「ハイ行きます。せーの」と言ったときにはもう終わっていました。
「ね、上手いでしょ」とベテランの看護師さんは顔を赤くしていました。
なるほど上手です。今日も採血のときはこの看護師さんで「せーの」で行こうねというと、「任せてください」と鼻歌交じりです。(実際には歌いませんが)
と言うわけで、しばらくは自由を束縛される生活です。
これまでの気ままな生活のツケでしょうから、仕方ありません。

2012年10月7日日曜日

戯れに「健康診断」はしないこと

たわむれに市から来た「健康診断」を受けてみようという気になった。
つれあいにそう言うと、私の知り合いの女の先生のところに行ってみれば、と言う。その先生の子供を小学校で6年間見てきたそうだ。
とりあえず電話をしていくと、その子供が今は立派な看護師になっていて迎えてくれ、すぐにいろんな検査をしてくれた。
最後に女医の問診。
「今、何かの薬を飲んでいますか?」
「いえ、葛根湯以外は飲んだことがありません。なんでも葛根湯で直ります」
「食事はきちんととっていますか?」
「きちんとと言えるかどうか自信がありませんが、一応食べています。しかしこのところ小食になりました。」
「運動は何かしていますか?」
「労働運動はしていません。政治運動もボチボチです。これは失礼。畑仕事を少し。久住周辺の徘徊のようなことを時々、格別のことはしていません。」などなど。

翌日、所用で出かけた後連れ合いからメール。「医院から連絡。前立腺がんの疑いあり、できるだけ早くこられたし、とのこと」とある。
とりあえず出頭、女医がニコニコとして、「いろいろ出ましたねえ!」という。
書類を出して、先ずこれ、と指差して「悪玉コレステロールがとても高い。そしてこれ血糖値が異常です。これはもう片足を突っ込んでいると言う生易しい段階ではありません。立派な糖尿病です。」と断言する。
「それはまあいいです。問題はこちらです」と別の書類を出す。取調室のこわもての刑事のよう。
「前立腺がんの疑いが濃厚です。直ちに大きな病院で精密検査を受けていただきます。紹介状を書きますから、良いですか。」と十分に脅しをかけてくる。
でも、その女医とても可愛いのだ。日曜日ごとに久住の山々に登っているらしい。
「あのあたりに来た時は連絡してみてください。近くに山小屋があって美味しいコーヒーでもご馳走しないでもありませんよ」と粉を撒いておいた。

あらゆる病魔を保有しているやくざの山ちゃんに報告して、「おれもようやく一人前かな?」と自慢したが、「まだまだほんの序の口じゃ」と認めてくれない。

2012年10月1日月曜日

今はまっている女に会いに行った

あまり走ることのない高速道路を走って、女に会いに行ってきました。
この女は、最近最も良く付き合っている女で、彼女も今のところ僕の事を憎からず思ってくれているようです。
密かに携帯電話の待ち受け画面に写真を貼りつけていても、社会問題にも家庭騒動にもなっていません。
新しくできた福岡の西九州路線(?)をはじめて通って、糸島市に入ると佐賀県はもう近く。ここにその女は住んでいるのです。
「可愛いのでしょうね」と良く人は言いますが、「それほどではありません」と答えることにしています。何か弱みを握られたような気がするのです。
着くと、少しはにかみながら男の(たぶん父親そしてぼくの子供)陰に隠れるようにしてむかえてくれます。
「じいじ、いらっしゃい」と、親に教えられたように挨拶してくれます。
そして翌日は運動会。台風接近の中どうにか開催。
じいじは、迷カメラマンに変身して大活躍です。

久々に博多に来たので女の母親(息子の嫁、これが又可愛い)が探してくれた美術館近くのホテルに泊まり、夜は一人でモツ煮込みを食べて寂しく過ごしましたよ、ハイ。
でもその翌日はアジア美術館や大宰府を徘徊し、さまざまな妄想をたくましくしてそれはそれは楽しい時間を過ごすことができました。

2012年9月23日日曜日

すくっと咲く彼岸花もいい

彼岸花の季節になった。
国道5号線を竹田方面に走り、菅生と言う昔大事件があった地域に「七つ森古墳」がある。ここは彼岸花の群生で有名なところで、時季になるとアマチュアカメラマンが大挙する場所だ。
行ってみると、まだ3部咲き。もう少しと言うところ。
ここの群生も良いが、畑の畔にすしばかり主張しながらすくっと咲いている彼岸花もいい。
「又珍しい花の季節になったぞ」と隣人は張り切っている。
昨年はホタルブクロがカボスの木の裏に隠れるように咲いたのだったが、あれは何月のことだったか?今年も咲いてくれるのだろうか?

長年の友人が亡くなっていたことを知ったのは、彼が死んで2ヶ月も経ってからだった。佐賀のお母さんが他の用事で電話してきて「あらあ、知らんかったと?」と驚いたが、私はもっと驚いた。
そんなこともあるものだ。
彼が重病に陥った時、九州の友人たちに連絡したのは私だったのに、と北海道のヒグマ氏や宮崎の源氏に抗議したいと思う。
と言っても、私に何ができると言うわけでもないのだが。

2012年9月16日日曜日

やはり大局観かな

 このところ連戦連敗である。
 こういうことは以前にもあった。しかし一昔前は何とかごまかして、調子を取り戻していたように思う。
 だが最近はそれができない。
 つらつら考えるに、瞬間の判断力に衰えが出てきているようだ。麻雀もスポーツと一緒で、その時の全体の状況をすばやく判断して行動しなければならないのに、自分の都合だけで行動してしまうようになると、いい餌になってしまう。大局観がなくなっているのだ。
 と言うわけで、今はすっかり若者たちの「餌食」になってしまっているようだ。

 時々は「ちょっと修行に言ってくる」と言って、山小屋にこもって畑仕事や山のトレッキングで汗を流し、読書や瞑想で自分の来し方を振り返ってみるのだが、まったく効果がない。

 今年は雨が多く日照時間が少なかったせいか、果樹たちの成長がよくない。栗は例年のように実はつけているものの中身が育っていない。どれも小ぶりなのだ。
 ブルーベリーはあんなに花をつけたのに、ほとんど実がついていない。私の庭は全滅と言っていいくらいだ。しかし隣家の庭にはそこそこの実がついている。留守を確かめて盗みに入る。どうにかジャムができる位は集めて、早速ジャムつくり。これが意外に楽しい。
 翌朝、隣人が来ていたので、「ジャムを作ってあげたよ!」と恩着せがましく一瓶プレゼント。    「お!うちのブルーベリーかな?」と読まれている。「お前んちの木には生ってないからね」と・・・。

 又、印刷屋に行くことが多くなった。あるときはカメラマンとして。又あるときはコピーライターとしてあるいはデザイナーとして。
 80人くらいの従業員を持ついつもの印刷屋に行くと「お帰りなさい」と受付の元お嬢さんが迎えてくれる。唯一タバコがすえる窓際のコーナーが指定場所。ソファーでなく床に座り込むとお嬢さんがコーヒーを持ってきて「今日は誰を呼びますか」と言うのもいつものこと。
 政局が動くと、ここに座り込むことが多くなる。


2012年9月9日日曜日

次なる戦いをどうするか、だな

クヌギ林ではキツネのカミソリがようやく枯れ、控えていた草刈をやろうと思ったのは良いが、刈払い機が調子よくない。
件の庭師が飛んできて「おかしいんじゃないですか」と見てくれた。「エンジン横のビスが飛んでいますよ。このまま使うと危ないです。」と言う。
数日後、ビスを買ってきて汗を一杯流して何とか修理。なるほど音が違う。
快調な音を立てながら、草刈ができた。

草刈機ならビス交換で何とか修復できるが、政局はそうは行かない。目を覆いたくなるような状況である。
民主党は細野が降りて、どうやら野田で決まりそうだ。自民党は谷垣と石原の調整がうまく行かず、そのほか複数の候補者が狙っているようだ。もしかしたら次の総裁が総理になるかも知れないと思っているから、手を上げておこうと言うことなのだろう。
橋本維新も党を立ち上げた。これは台風の目になる。地方の選挙区にも候補者を検討している模様だから、関西だけでなく現職組は戦々恐々としていることだろう。
先日、「原発講演会」で会った環境運動のおじさんは、「緑の党」を立ち上げました。ひと暴れしますよ!」と言っていた。
いずれにせよ、ここまできたらもっとごちゃごちゃしたほうがいいのかもしれない。愛する社民党は生き残れるか消滅するかの瀬戸際だから、国民の目線を気にせず「いいの、私はこうしたいの」と言う政策を孤立無援を武器にしてやればいいのだと思う。

某代議士の秘書から電話があったとき、「近いうち話をしたいと伝えておいて」と言っておいたら、すぐに返事。「あす昼飯でもどうですか」と言う。
某代議士はちゃんぽん、私は鳥南蛮。これはもともと宮崎発祥の料理でおぐらが作ったものだと記憶しているが、やっぱり宮崎の鳥南蛮にはとても及ばない。
政治の世界は文字通り暗闇の世界にあるようだ。国民にとってはほんとにいい迷惑だ。代表して(?)そう抗議しておいた。
次なる戦いに向けて、私なりの戦術を提案して「またゴルフでもしましょう」と分かれた。

しかし私には、草たちとの戦いがまだ待っている。

2012年9月2日日曜日

クロアゲハの災難

 もう一列大根を植え、念願のニンニクを植えました。
 キツネのカミソリも盛りを過ぎたようです。
 面白いものを見ました。その日一人しか居ない村の住人を呼んでお茶をしていた時のことです。
嘆かわしい政局のことを話していて、たそがれのキツネのカミソリに目をやった時、クロアゲハがヒラヒラとキツネの花に止まり蜜でも吸っているような仕草をしていました。
 ところがそのクロアゲハ(たぶん)がぱたりと落下したのです。
 その落ち方が見事で、どんな名優よりも華麗に、まるでサイレンサーで撃たれたように落ちたのです。一瞬目を疑いました。
 落ちて断末魔のようにもがき苦しんでいましたが、数秒もすると何事も無かったように舞上がりまたキツネの周りを飛び回り始めました。
 「見た!?」と住人に聞きましたが、「ん?」と決定的な瞬間を見逃したようです。
ものの本によれば、キツネのカミソリは毒草となっていて、その茎を食べると吐き気や腹痛をおこすと書いてあります。
 おそらくクロアゲハもその毒に中って、七転八倒の苦しみを味わったものと思われます。でもほんの数秒で回復し何も無かったように飛び回ってしまうところが彼らのすごいところです。
これでこの瞬間を目撃したのは二度目ですから、私の推量は間違いありません。
 キツネが枯れるまでは草刈をすまいと思っていましたが、できるだけ避けて少しだけ刈ってきました。
 やくざの山ちゃんが紙袋一杯の時代小説を持ってきて、「こんなものも読みない!」と言うので、藤沢周平を読んでいます。それなりに面白いので困っています。

2012年8月25日土曜日

ようやくキツネの乱舞

 山小屋は、朝夕になると過ごしやすくなりました。
 夏大根がおおむね終わり、ミニトマトも実はつけているものの、元気がなくなり始めています。
今元気なのは、ナス、ピーマンくらい。サトイモの葉が大きくなりました。それこそ傘の代わりになるくらい。
 先々週植えたニンジンは、芽を出したものの心もとない状況で、もう一度撒きなおしたほうがいいのかなと思っています。
 先週は、たまねぎと聖護院かぶ、冬大根を植えてきました。来週はニンニクを植えようと思っていますが、少し早いのかな?
 

 ようやくキツネのカミソリが咲きました。いつもより数が少ないような気がしますが、それでもまるでキツネの草原です。咲く場所が移動しているようにも見えます。球根のはずですが、種でも増えていくのかな、と考えています。

 この冬は果樹たちの剪定をしようと思っています。一度自分でやったのですが、まるでだめです。思い切って切ることができません。もちろん剪定の仕方もわかっていませんから。
 時々現れるこの村の住人で、風来坊の庭師が居ます。仕事があるときだけ仕事をして、後は旅をしたり、山に登ったりと気ままな生き方をしています。先週昼飯をご馳走しながら、「どげんしたら良いか、解らんとよね!あんた、ばさばさっと切ってくれんね。暇なときでいい、ギャラはちゃんと払うけん」とお願いしました。「良いですよ、その頃来れるいいんですが」と頼りない返事。
 さて、大丈夫かな?

2012年8月19日日曜日

暇人の一日一膳かな?

 その昔、印刷関係の仕事をしていた頃、わが社の担当者をしていた営業マンがどうしたわけかちいさなレストランを始めた。
 「お前がやれるほど甘くナインじゃないか!」と冷やかしながらも、時々出かけては油を売りつつ売り上げにも協力してきたが、次第に足も遠のき、先日久しぶりに行ってみた。
 驚いたのは、まだ店が続いていたことと、開店当初アルバイトに来ていた可愛い女子大生が、もう卒業して養護施設に就職したはずなのに、エプロンをして立っていたことだった。
私が「??」という表情をしたのであろう、マスターが「でもどりです」といい、女の子は下を向いて少し笑っているような仕草をした。
 「確か、子供の養護施設に就職したんだったよね」というと、わずかにうなづいて「はい」と言って下を向く。この子は沖永良部から別府に来たのだったと思いだした。

 「随分きつい仕事のようですね。まるで自分の時間はないようです。給与も安いんですが、そんな問題ではないと言うんですよ」とマスターが説明。
 別府は母子家庭や父子家庭、育児放棄の家庭が多いと聞いたことがあり、宗教団体の養護施設もかなりあるようだ。地方自治体の補助金と寄付などで運営しているのか、スタッフの境遇は余り恵まれているとはいえないようだ。

 昼飯時になり、自分の分と女の子の分を作ってくれるよう頼んで、スケベ心とわずかな義侠心のようなものを発揮した時、電話が鳴って「一人芝居の台本を持っていくので、解説のようなものを書いてくれ」と言う依頼。この電話の主はマスターの元部下になる。
 現れるなり「実は急ぎです。原稿料はありません!」と、当然のように言う。「その代わりここの代金は持ちます。」と言うので「この可愛いこちゃんの分も入っておるんど」と脅しにもならないことを言って、仕方なく台本を読み、あらすじのような、解説のような原稿を書いて「あとは知らん、好きなように料理せい、何しろノーギャラじゃけんね!」と言ってやった。

 
 「今日はこんな客ばかりだから」とでも言われたのであろう、「今日はもう上がります、ご馳走様でした。」と言う女の子の背中に「がんばるのよ!」と声をかける。
 なにやらいいことをしたような気分の、半日。

2012年8月12日日曜日

鳥や虫の声を聞き分けたい

山小屋の周りはいろんな鳥や虫が姿を見せ声が聞こえる。
だが残念なことに、なんと言う鳥で、どのような虫が鳴いているのかほとんど解らない。
鳥では、十姉妹、目白、コジュケイ、山鳥くらいがかろうじて解る。虫たちはほとんどわからない。セミの蜩、みんみん、位はわかるが後はさっぱりである。
そういえば子供の頃聞いたつくつくぼうしの声を聞かない。もうすぐ秋の虫たちがいっせいに声を競う時季になる。せめて声の主が誰であるか位は知っておきたいものだ、と思ってる。
彼らのほとんどが長い長い下積みの期間があって、ようやく世間に出て華々しい時を過ごすのはほんの一瞬なのらしい。
なんとけなげな者たちか、と柄にもなく感じ入る。
「よっしゃあ、こうなれば電子辞書だ!最近のは鳴き声まで出てくるらしいぞ!」と、コーヒーを飲みながら隣人たちに宣言する。
「あれ?あの鳥は?」と指差す方向にウズラくらいの鳥がすぐ近くを歩いている。たぶんあれがコジュケイ、と私。タイミングが良すぎる。

というわけで、早速電気量販店に行ってあれこれ見るが、どれが良いのかさっぱり解らない。
誰か教えてくれ!!!

2012年8月5日日曜日

クヌギ林でトドを思う

北海道のヒグマ氏から切羽詰ったような電話。
「実は東京のトド君がヤバイことになってね。腰が痛いというものだから、一度お医者に見てもらえば?と言っていたんだが。どうもよくない状況だね」
「深刻なの?」
「かなりね」と涙声になっている。
「しかしつい先日、ヒグマ氏とシベリアに行って鮭釣りをした。さすがにヒグマは大物をしとめた。という電話があったばかりだよ」
「そうなんだよ。だからこの状況を受け止めることがむつかしいんだ。とりあえず貴方には知らせておこうと思って。九州の友人には貴方から必要な人に知らせてくれないか?」

佐賀のお母さんに知らせた。トドが「俺が知っている女性で一番の人だ」という、とても素敵な女性だ。
「解った。私は何をすればいい?近々鹿児島のAと熊本のB大分のCさんに会う事になっているので話はしておくけど。あとは状況で指示してくれる?」

宮崎の光源氏に知らせると「会いに行きます!」と今にも飛んで行きそう。「待て待て、ヒグマ氏と連絡を取ってからにしては?」ということに。
トドはひとに好かれる人物だ。大きな身体で汗っかきで、大酒を飲み、何でも首を突っ込む。特に女性に好感を持たれる。

ヒグマ氏とトド君は3年ほど前宮崎の農園を訪問した後、我が産山の山小屋を訪ねてくれた。トド君の鍋料理で酒を飲み、雑魚寝をして久住や阿蘇を遊んだことがある。

佐賀のお母さんの助言で、宮崎の光源氏は東京に飛んで行ったようだ。「思わず涙が出ました。」と報告があったそうだ。すでに癌が広がっているらしい。
その後、誰からも何も言って来ない。
クヌギ林の中で、トド君のことを考えている。

2012年7月29日日曜日

久住山麓を歩く

下界よりも5度くらい低いクヌギ林でも、戸外に出て仕事をすると絞るほどの汗をかく。
 午前中も10時くらいまでが限界だ。一仕事終えて一人コーヒーを楽しんでいると、隣人が顔を出し「散歩でもするか?」という。
 久住の山ろくに行くというので、ただの散歩ではないと思いトレッキングシューズをはいて出発。
隣人は毎日のように山歩きをしているので慣れているが、私はそうは行かない。登山口までは車で30分くらい。それも豪雨で通れない道があるため遠回りしていく。
 登山道は思ったほどは壊れていない。ところどころ岩が落ちてきているとか、山水があふれて歩きづらい道があるが、珍しい花やトンボを観察しながら1時間くらいで、ここから本格的な登山という分かれ道までたどり着いた。
 ここまでは反対の上り口から来たことがある。山桜の林がある開けたところ。しかしここは異様な景色をになっていた。草原だったのに、大きな岩や流木があふれ、小さな渓流はえぐられて深い谷のようになっていた。
 帰りは早い。足が少々悲鳴を上げ始めているが、30分ほどで車のとこまで帰り着いた。立ち小便をして、タバコを一服。これが至福のとき。
 隣人は「ちょうどいい散歩だったね」というが、私にしてみれば大仕事をこなした感じ。
 4日ほど山小屋で過ごし、大根とトマト、ピーマン少々を土産にして帰って来た。畑仕事を放棄した隣人は「これからはニンジンを植えると良いね」と知ったようなことを言って先に帰ったのだが、わざわざメールで作り方をあれこれ指図してきた。

2012年7月22日日曜日

あと何年暮らすかねえ

やくざの山ちゃんから「本が帰って来たで!」とメール。いつもの本屋の喫茶店で落ち合う。
かねてから、まだかまだかと催促していた葉室麟の「蜩ノ記」と、夢枕獏の「神々の山嶺」、それに刑事物の小説2冊を持ってきてくれた。
 先ず「神々の山嶺」を読んだが、夢枕といえば何とか言う呪術師のお話しか知らなかったので余り期待はしていなかったが、読み始めるとなかなか面白い。エベレストの誰も登攀していないルートをめぐるサスペンスを含むお話。
 お楽しみは最後にとっておいて、刑事物にかかる。これも始めて読む作家だったが、それなりに面白く、それなりにまあそれなりかな。
 そして、葉室麟の「蜩ノ記」にかかった。この作家は九州にかかわる歴史的な事件をモチーフにし徹底的な調査を元に物語をつむぎだしていく。長年直木賞の候補になりながら果たせず、ようやくこの作品で果たしたと聞く。
 なるほど面白い。田川あたりの小藩の藩主の正当性をめぐって、10年後の切腹を命じられた藩士とそれを監視する藩士が次第に友情を芽生えさせ、ともに真実に近づいていくというサスペンス調の時代劇。
 生きるということは、何をするということか。このところ産山の戸無しが原集会で必ず議題になっている問題でもある。死というものが現実のものとして意識せざるを得ない状況になってきた者たちとしては、笑い話でもそれなりに深めて行くことになるのである。
 ここであと何年暮らすことになるのかね?

2012年7月19日木曜日

集中豪雨の爪あとをかき分けて

とにかくすごい雨だった。
 産山の住人に連絡を取ってみると、電気も水道も止まって公民館に避難しているというではないか。
 少し落ち着いた頃、様子を見に行ってみようと国道57号線を走るが、不思議に走っている車が無い。どげんしったろかい?と思ったが、すぐに合点。阿蘇の滝室坂が崩壊して通行遮断しているので通る車が無いのだ。
 国道から産山に入る道は4本ある。第一の道はくねくねの山道なのでパス。第2の道は急なくだりを降りていかねばならないのでこれもパス。第3の道は平坦で離合もできる道なのでこれを行こうとしたが「全面通行止め」の標識。「ええーっ、ここがだめなの!」と引き返し、第4の道へ。これなら広い道だし立派な県道だから大丈夫じゃろと思ったが、なんとここも通行止め。
 がっくり来て、引き返す。
 県境の第3の道を、ここがだめならあきらめて帰ろう、と思って入ってみた。標識は無い。狭い道には岩や倒木がせり出している。水もまだ音を立てて流れている。でもぎりぎり車1台が通るだけの道は確保されている。たぶん軽トラックであろう、通ったような轍がかすかにある。谷底には小さな橋が架かっている。あちこちがえぐられて崩壊しているが、何とか通れるようにはしてある。ここを確保しなければ完全に孤立したのだろうと後で気づいた。
 何とか山小屋に到着。電気は回復していたが水が出ない。役場に連絡してみると、「まだ回復していないところもあります」とのこと、すぐに水を持ってきてくれた。
 「良く来たね」と東京からの移住者がコーヒーを淹れてくれた。「熊本からも通れる道は一本しかないそうです」と教えてくれる。
 翌日はうそのような晴天。少しだけ片付けをして、大根を5本手土産にして帰って来た。
 
「ほたるの宿」さん、ご心配ありがとうございます。

2012年7月11日水曜日

雨の日に考えること

しばらくぶりの晴れ間、ジャガイモを掘った後くらい何とかしておこうと思って山小屋へ。
すでにびっしり生えている雑草を始末して(これが意外と難事業なのです)、石灰を撒いて、ミニ耕運機でしっかり耕して、これでいつでも次の植え付けができるというものです。
さて、今度は何を作りましょう?
ところで政界はいったいどうなっているのでしょう?
小沢一郎には次なる作戦があるのでしょうか。思ったより同調者が少なかったね、とか、こんなものだろうという感想を聞きます。要するに小沢の政策は社会民主主義の政策です。「国民生活が第一」というのは、大きな政府を作って、貧富の差を少なくして、社会保障を手厚くしようという政策ですから、社民党が「話に乗る」のは良くわかります。
「でもねえ、金にまつわる話や、よくない話が一杯あるしねえ」という感想を良く聞きます。
でもねえ、いいのです。政治家は政治でしっかりした仕事をすればいいのです。女癖が悪いとか、お金に汚いとか、そんなことは仕事をきちんとしているかどうかには関係ありません。当事者で解決すればいいことです。
政治家の仕事は政策を示して、実行すること(させること)です。その意味では野田さんは消費税を提案して、無理やり通してしまいましたからそれはそれで立派な政治家ともいえるでしょう。その評価を受ければいいことです。
政局に右往左往して、わが身の置き所をひたすら追い求めることにのみ腐心しているサラリーマン政治家たちは何の役にも立ちません。税金の無駄使いでしかありません。
雨の日、読書に疲れて、そんなことを考えました。ああ、シンド!

2012年7月1日日曜日

ようやくジャガイモを収穫

よく降ります。
でもこの前行った時に茎は枯れかけていたので、いいかげん掘り起こしてやらねばなりません。
わずかな晴れ間を狙って、ジャガイモの収穫に行ってきました。
雑草に覆われている畝を手で掘り返していくのですが、なんとミミズの多いこと。ジャガイモの数よりミミズの数のほうが多いのではないかというくらいです。しかも大きくて丸々太っているのですから、こいつがジャガイモに行く栄養を吸い取っているのではないかと疑うほどです。
子供の頃なら大喜びしていたことでしょう。うなぎを獲る「ボップ」という筒にミミズを入れて夕方川に沈めて翌日早朝引き上げに行くのですが、田舎の子供の遊びでもありいいアルバイトでもありました。
ようやく一輪車一杯のジャガイモを収穫して、米袋に入れて持って帰ることができました。近所に少しずつ配って、孫に送って、しばらくは楽しむことができるでしょう。
その間、民主党は大混乱です。
どういうわけか、私は心情的に小沢びいきなのです。佐藤優や鈴木宗男の影響なのかもしれませんが、ほかに魅力的な政治家が居ないことが大きいでしょうか。
ある評論家が、暗殺されそうな政治家でなければ大政治家ではない。そういう政治家は今のところ小沢くらいしか居ないのではないか、と書いていました。まあ、自分のことしか考えられない政治家にはまともな政治はできないということでしょう。
私は常々「政治家はホラ吹きでいい。うそでも良いから夢を語れ。」といっていますが、そんな政治家がいないものでかねえ。

2012年6月25日月曜日

ジャガイモには待ってもらうさ

このところ雨続きでクヌギ林に行っても作業はできないし、もうジャガイモが収穫時季になっているとは思うのだけれどと思いつつ、家でうじうじしているのも性に合わないし。
おまけに麻雀もこのところ負け続きで、足がなんとなく遠のいてしまう感じ。一昔前だったら、負けると俄然闘志を燃やして戦いに望んだのだけれど、いつの間にか平和主義者然としてしばらく様子を見ようかと身を引いてしまうのはやはり年を取った証拠かな。
折り悪く(良く?)、女房が正体不明の高熱を発してしまって、きちんきちんと食事時になると食卓に座る92歳の女房の母は料理なんかしないし、ここはやはり小生が腕を振るわなければならないと、実はがんばっているのです。
小生、台所に立つのは苦になりません。短時間で、冷蔵庫にあるもので、何とか口に入るものを作ってしまう才能があるのです。
92歳の義母も「おいしいですなあ!!」と本気で褒めてくれます。「やっぱ、俺は料理屋をやればよかったかな?」と調子に乗ります。
女房の病気は「肺炎」だということでした。「老人が死ぬのは肺炎が一番多いらしいど!」と期待とも不安ともつかない調子で恐喝しています。
しばらくは時間がかかるでしょうから、台所からは離れられないかもしれません。
ボチボチ、活動者会議(映画をみるサークル)から借りたDVDでも観ながら老いと向き合うことにしましょうか。

2012年6月22日金曜日

梅と山椒の実を収穫しました

昨年初めて実をつけた梅ノ木に、今年は大いに期待していたのだが、どういうわけか数えるほどしか実をつけていない。
20年近くも続いている「文芸同人誌」の編集をしなさい、という大先生の依頼(命令)を断りに先生の大好きなショートケーキを持って行った時、奥様も同じようなことを言って嘆いておられた。
「うちなんか今年は13個しか実になっていないんですよ。一体どうしたんでしょうね。」
こうなれば致し方ない。
クヌギ村の隣人たちの梅を狙うしかない。
梅雨の晴れ間、「梅を盗みに行きます」とメールを打って、大きな袋をぶら下げのこのこ出かける。すぐに「了解!」と返事が来て、堂々と盗んでいるとわざわざ手伝いに来てくれた。
「今年は少ないようですね」と申し訳なさそう。
というわけで、何とか数キロの梅を収穫できた。これで大好きな梅干を作ってもらえそうだ。
山椒は邪魔になるくらいに広がって、これ見よがしに実をつけている。
毎年のように実を摘みに来ていた旧友の奥さんもこのところ来ていない。ならば、と枝を5本ほど切って持って行ったら大きな身体をゆすってとても喜んでくれた。
まだ20台で独身だった頃よく洗濯をしてくれていた。「あんたの洗濯をすると水が異常に汚れるのよね!」と叫んでいたものだ。

2012年6月10日日曜日

日々をどう過ごすかという問題

梅雨に時季になった。
 
この頃になると、山小屋では余りすることが無い。「雨が降るからコーヒーでもどう?」とメールが入ってきて、ご近所と無駄話に花を咲かせることになる。
 カメラ狂が多い。一人はニコン派、もう一人はキャノン派、そしてもう一人はペンタックス派で論争になることがある。私は派とまでは行かないが成り行きでキャノンを使っている。
ニコン派のおじさんは人物や景色を撮っている。ペンタックスのおじさんは花の写真を撮っている。ほぼ毎日阿蘇周辺や久住周辺、それに天草・島原あたりまで足を伸ばして時季の花を撮影してブログにアップするのが日課になっている。いわく「これがあるから毎日出かけ歩き回る。いわば俺の健康維持装置だな。」
 なるほど、理屈になっている。彼は独り者になってしまったので、日々の目標にもなっているのだ。この歳になると、今日は何をして楽しく過ごすかというのが大きな課題になってくる。
 私はといえば、何を撮ろうと言う基準は無い。孫の運動会があるといえば出かけて撮るし、先日は某代議士の秘書から「先生が地元のマラソンを走るので撮ってもらえないか」と依頼があり、とことこ出かけて撮った。
 カメラ狂のおじさんたちは数多くのカメラを持っている。ニコンのおじさんは7台持っていると自慢していた。それを聞いたペンタおじさんは指を折って「俺は10台かな」と自慢する。
 さて私はと考えるまでも無い。一眼とコンデジの2台だけ。「そんなに持っていても使う時は1台かせいぜい2台でしょうに?」とちゃちゃを入れる。
 でもなんとなく悔しい。ついついこの前でたニコンの42倍ズームコンデジをかってしまった。試し撮りをしてみたが悪くない。しばらくはこのカメラで遊ぶことになりそうだ。

2012年6月3日日曜日

狸の親子のお引越し

ざっとであるが、一通りの草刈を終えることができた。これで梅雨を迎えることができる。
 野菜たちも思いのほか順調に育っている。二十日大根と小松菜はもう何回かは我が家のお土産に収穫して帰った。ジャガイモも今年は早めに芽つみをしたせいか、いつもより勢いが良いような気がする。
 これでカラスさえ邪魔をしなければ気分よくすごせそうだ。
というわけで、一人美味しくコーヒーを飲んでいると、窓の下をなにやらゴソゴソ動いている。また村に住み着く猫が探索をしているのかと思ったが、よく見るとなにやら口にくわえている。
 なんと狸の親が子供をくわえて、ヨタヨタとあるいていくではないか。時々下に下ろして、ああシンドといわんばかりに小休止をし、またくわえてモコモコと丸々とした身体をゆすりながらやぶの中に消えていった。
 女房に報告すると、「巣を変えていたんじゃろうか?」と論評。
 楽しみしていたサクランボはほぼ全部小鳥たちに略奪されてしまったが、ブルーベリーはなんとしても守り抜かねばならないと思っている。

2012年5月18日金曜日

川南湿原でトンボを見る

つい先日急用ができて宮崎へ。産山で隣人をのせて高千穂経由で行きました。
橘橋に袂にある何とかホテルに投宿、機嫌よく近くの飯屋でほんの少しビールを飲んで鳥料理もまあまあでした。
 ホテルに帰って、テレビを見ているうちに寝込んでしまって、目覚めてのは11時過ぎ。ところがそこでチャイムが鳴るのですよ。ピンポーン。今ごろなんじゃろかとドアを開けると可愛いお姉さんが「およびですか?」とにっこり。いえ、呼んでませんがとあわてて言ってしまって「ごめんなさい」と帰ってから事情を理解したのですが、何とも残念なことです。
 用件を済ませて、昨日来た道をエッチラ産山へ。途中、隣人がどうしても寄りたいというので川南湿原というところによって見ました。何とか言う珍しい花が咲いているのだそうで、立派なカメラを持ったおじさんが真剣な顔つきで写真を撮っていました。私にはトンボのほうが珍しく花はそれほどのことはありません。隣人も「高鍋湿原のほうが良いな」とほざいておりました。
 
 
 高千穂でコーヒー休憩をと思ったのですが、それらしい店を見つけることができません。学生時代の友人むっつりさんに聞くほどのことでも無いので断念して産山へ。
 強行軍でした。疲れました。

2012年5月13日日曜日

原発再稼動よりもカラス対策を

葉室りんの小説を一冊くらいは読んでやろうと思って図書館に行って探すが無い。検索機で調べると、なんとすべての本が「貸し出し中」になっていた。
 仕方が無い、いつもの本屋で「座り読み」を決行することにした。「風の国」は今「座り読み」続行中である。
 やくざの山ちゃんに話をすると、「直木賞の本はもっちょるで」という。「なんな!貸して!」というと、「今散髪屋に貸しちょる。帰ってきたらな」ということになった。
 だが、なかなか持ってこない。某日一緒に麻雀をした帰り「まだな?」と聞くと「早よ返せとは言いにくい」とつれない。気長に待つしかないか。

 
 山小屋の周辺はにぎやかなことになっている。とりあえず畑の周りだけは刈払い機で、ここは畑ですよと主張できる程度には草を刈った。果樹たちの下もジャングル状態になりつつある。来週あたりにはきれいに刈って、スイカを植えてやろうと思っている。昨年は熟れごろのスイカをカラスにすっかり食べられてしまったので、その対策も考えておかなければ。

 老化の防止には、なにかの目的をもってすこしずつ達成していくことが大切である、らしい。今年はカラス対策を考えて実行していくことがひとつの目標である。
 たとえ政府が怪しげな数字をネタに原発再稼動をたくらんでいようと、である。

 
 

 
 

2012年5月7日月曜日

腰が痛い、これでも立派な高齢者なのだ

孫が帰ったので、やれやれ、4日ほど山小屋へ。

すでに草たちの天下になりつつある。昼飯を食べに来た隣人が「草刈をせにゃあ」というので、「もう少し野の花たちを見てからにしようと思って」と答えると、その答えが気に入ったらしく「そりゃあいい」と納得していた。たんによだきいだけなんだが、ものはいいようである。
この時季にはいくら草刈りをしてもきりがない。刈った後から伸びてくる。梅雨前に一度刈ることにしよう。

ジャガイモの芽かきをする。欲張って沢山植えたので腰が痛くなる。株間に油粕を少しずつ埋めていく。この作業も腰が痛い。何をしてもこの頃腰に来る。しばらくは伸ばすのに一苦労。やれやれ。

果樹たちの様子を見て歩く。サクランボはよく実をつけている。桃もスモモもまったく気配が無い。ブルーベリーは花盛り。ここで気になって隣人のブルーベリーを偵察。なんとこちらのほうがすごい。まるで花の房で枝が垂れ下がっているように見える。まあいい、どうせ我輩が収穫してやるのだ。
先にに採った者が勝ちだな、と言ったのはお前だ。ひひひ。

2012年4月28日土曜日

タラの芽を今年も堪能

タラの時季になった。
季節のものを味わうのはいかにも元気をもらえそうな気がする。
そう思って山小屋に行ったが、なんとタラの芽がことごとく採られている。東京からの移住者Sさんに真相を聞くと、隣のふとどき者が村中のタラを採って帰ったとのこと。そういえば先週「先にとったものが勝ちじゃな!」などとほざいていた。
 まったく油断はできない。
 気を取り直して、ゆっくり見て回るとちらほら取れそうなものがあるにはある。ほほう、少しは気が引けて残しておいたのかなと思ったが、何のことは無いここ数日で新しく伸びたものである。
 何とか家族で食べるくらいは収穫できた。
 初めて花をつけたサクランボも小さな実をたくさんつけている。ネットをかけるかどうかはいまだ検討中である。
 ジャガイモもようやく芽を出したが、サトイモはいまだに音なしの構え。
 
 今年はついに土筆を食べずに過ぎてしまった。
 
 
 

2012年4月21日土曜日

山ちゃんとさくらを見て歩く

やくざの山ちゃんが「桜を見に行こう」という。
いつか見に行った枝垂桜のことを覚えていたらしい。「良いよ、あなたのかっこいい車で行こう」ということになって、某日建築家のナベちゃんの事務所で勝ち合わせて出発。
 久住の白丹の枝垂桜はすでに散り始めていた。ネットで調べていたすぐ近くの炭竈の枝垂桜を探していくとここは満開。見事な枝垂桜が三本咲き誇っている。10分くらいしか離れていないのにこんなに違うものなのか。白壁の土蔵も景色の効果を挙げている。おそらく昔は大きな庄屋さんでもあったのだろうか。
 「山菜料理の店でもないかな」山ちゃんが言うので、少しあたりをドライブしながら探したが、変なところに迷い込んだので引き返して、竹田の「山女料理」を楽しむことにした。ここは何年ぶりだろう。5年位前にも来たが30年前と少しも変わっていない。
 帰り道、「野津原の千本桜を見たことがあるか」というので「知らん」というと「連れて行っちゃる」といってくねくね道を上がったり下がったり車を走らせ連れて行ってくれた。
 始めてみる吉野桜のジャングル。壮観であった。

2012年4月13日金曜日

僕のりさが「大江健三郎賞」

いつもの本屋で三浦しおんの「船を編む」を4回の立ち読みならぬ「座り読み」で読んでしまった。
国語辞典を編纂する変り種の若者の物語で、辞書フェチの小生のしてはなかなか興味ある本だった。 
 何故か新しい辞書を買うとうれしくなってつい撫で回してしまう。しごとをしていた頃は10冊以上のさまざまな辞典をおいていたが、今は中型の国語辞典、漢和辞典、電子辞書、もっとも重宝しているのは朝日新聞社刊の「用字の手引き」だ。これはちょっとした送り仮名や、表現に適した用語を調べる時にとても役立つ。言葉が日に日に貧困になっていく身としてはありがたい。
 この「船を編む」が本屋大賞を受賞したらしい。また売れて行くことだろう。
 そして私の大好きな作家綿矢りさが「可愛そうだね」で大江健三郎賞を取った。「可愛そうだね」が出たときも、「座り読み」で読んだのだった。大江健三郎は(私に言わせれば)最高の悪文家だが、綿矢りさはそれほどでもない。第一めちゃくちゃ可愛いのだからいい。この人には、天は二物を与えてしまったらしい。
 生意気な言い方を許してもらえれば、三浦しおんの文章も一歩手前だと思う。実はそれがいいのだとも思っている。何か可能性を感じさせる余地があるということか。

2012年4月5日木曜日

サクランボが花をつけたぞ

季節はずれの超低気圧の中、クヌギ林は大荒れ。まるで海の海草のように大きく左右に揺れました。最後は雹までおまけについていました。
 どうやら地球はおかしくなっているようです。
 コーヒーを飲みに来た隣人は「南海トラフの変動で大きな地震と津波が来るそうですよ。別府も10メートル以上の津波だそうです。大丈夫ですか?」と脅す。
 「全然大丈夫ではないです。10メートルの津波なら一発で我が家は持っていかれます。」というと、「ここに越してきますか!」と真顔で心配してくれる。
 「65年生きてきましたから、自然の摂理に従いましょうかね」と本音とも冗談ともつかぬ答えをして、
国は責任逃れのために、大げさな予想値を発表したんじゃなかろうかと疑ってしまう。 
 今年初めてサクランボの花が咲いた。
 この前は、「網までかけるのはどうもね?」と表明し、隣人の同意を得たばかりだが、実は今「どうしようかな」と悩んでいる。せっかく花を咲かせ実をつけたなら鳥たちにすべて持っていかれるのは口惜しい。時間をおかず結論を出さなければならない。
 目下のところ、原発や南海トラフよりこの問題が重要だ。

2012年3月25日日曜日

小鳥たちに慰められて

四日ほどクヌギ林で過ごす。
 40本ほどのクヌギの丸太にシイタケ菌を打った。一本づつ抱えまわして立てかけていく。遮光ネットをかけてとりあえず終了。なんか、仕事をしたぞという感じ。
 耕してあった畑に80個ほどのジャガイモを植えた。葉物は蝶やウサギ、時にはカラスのいたずらに辟易しているので、根物を作るようにしている。それに手間が要らない。
 今度来た時にはサトイモを植えようか。
 朝夕はひんやりするものの、春の到来を感じる季節になってきたが、どういうわけか梅の花も咲かない。つぼみらしきものがあるが、まだ硬く閉じたままだ。
 気がつくと小鳥たちがさえずり始めた。寒々とした景色に少しだけ陽光が差したような気持ちになる。
 鳥たちの名前も、ちらほらと咲き始めた花たちの名前も知らないが、彼らからの何かしらのメッセージは届いているような気がする。
 やはり原発は要らないか。

2012年3月17日土曜日

「今こそ私は原発に反対します」

町一番の本屋をのぞいてみた。大きなデパートのワンフロアーが全部本屋だから散歩代わりにもなる。最近気づいたこと。若い女性が多い。 
 彼女らが本を探して、棚の上のほうを見上げて、ちょっと首を傾げたりしている風景はとてもいい。不思議にそのような女性は知的に見える。皆が僕の好きな女性作家・綿矢りさに見えて来る。
 そんな女性たちを鑑賞しながらすべての通路を歩く。結構な歩行訓練になるし、目の保養にもなる。
おまけに思わぬ掘り出しの本を見つけたりする。先日などは日本ペンクラブ編「今こそ私は原発に反対します」(平凡社)を見つけて即購入した。過去には「戦争に反対します」を出しただけだそうだ。「今、文筆家が発言せずしてどうするのか」という意気込みであるそうな。
 今のところ半分くらいしか読んでないが、木枯し紋次郎こと中村敦夫の文章がとてもいい。彼の作品は記憶の限りでは一冊しか読んでないが、一時は「中村敦夫新聞」を購読していた時期もある。
 ともかくも、本屋に若い女性がたむろしているのはうれしい。ちょいと寄ってみるのが楽しくなる。

2012年3月14日水曜日

春の足音はまだかいな

晴れ間を狙ってクヌギ林へ。
 でもでもやはり寒い。ぼちぼち畑の準備をしなくてはならない。しかし畑の中はすでに雑草でいっぱい。
 一日目、この雑草を抜く。よる年波にこの作業もつらい。
 二日目、石灰、堆肥、を撒いていよいよすき返す作業。ところがほぼ一年使ってない耕運機がなかなかかからない。一汗かいて、一服してようやくかかった。正転で一回、逆転で一回ぐるぐると引っかきまわす。どうにか畑らしくなった。
 さて、これで2週間もすればジャガイモでも植えるか。
 
 「大分県自由民権運動史」を書いた郷土史の先生の奥さんに、堆肥を持っていく約束していたことを思い出だす。ほとんど落ち葉と米ぬか・鶏糞で作った堆肥なので余計なものは入っていない。奥さんも「いいわあ」と褒めてくれるので、迷惑でも持っていく。大きな肥料袋に詰め込んで車に放り込んでこれも準備完了。
 
 久々に隣人たちが勢ぞろい。「コーヒーだぞ」と集合の声。
 さて、悪口の言い合いに参加。

2012年3月4日日曜日

やっぱり四駆にするか

晴れ間を狙って山小屋に行く。
これまでが信じられないくらいぽかぽかの陽気。あわててシイタケもいっぱい出てきている。
よっしゃ、とばかりに倒してあったクヌギの木を輪切りにしてほだぎにしていく。チェンソーも手入れしていたのでよく切れる。輪切りにした木を集めて積み上げるのが一苦労。これが重いのだ。抱きついて一歩、転がして一歩という具合にして何とか積み上げた。
 情けないことに息が切れる。
 「今日はここまでにしといてやる」と一人ごとを言って、隣人を誘ってコーヒータイムにする。「ほう、仕事をしましたね」と褒めてくれる。
 ボチボチでもやれば、少しづつ片付いていくのだ、と密かに納得する。
 ふと外を見ると、なにやら怪しげ。曇ってきて、少し雨のようなものが落ちてきた。よく見ると霙だ。やれやれ困ったことだと思いつつ、掃除などしていると雪になっている。これは早めに片付けて降りる準備をしたほうが良いかなと台所を片付けて、車を見てびっくり。もう10センチくらい積もっているではないか。前に乗っていた四駆ならそうあわてる必要は無いが、今乗っている車は普通の車。(どうして四駆にしなかったのか)
 降った雪が凍らないうちにほうほうの態で降りてきた。
 翌朝、隣人から「正解でした、今朝は20センチ以上積もっています」とメール。
 よし、やっぱり四駆にしようか。

2012年2月26日日曜日

ようやく「ラーメン」にありつく

我が家のすぐ近くに「なべさん」というラーメン屋さんがある。
ある日無性にラーメンを食べたくなった。が、なかなか行く機会ができない。ついに夢にまで見ることになった。連れ合いが「そんなにまで我慢しなくても良いのに」というが、不思議にタイミングが合わないことはあるものだ。
 ようやく今日はいけるぞ!という日、もたもたして午後2時近くになった。勇躍駆け込んだが、のれんがしまってある。この店午後2時には、ぴしゃっと閉めてしまうのだ。
 翌日、今度はお休みだった。週に2日が休みなのだった。
 そしてその翌日、ようやくにして12時前に行った。店の前には行列。幸い5~6人だったので余り待たずに席につくことができた。メニューは、ラーメン・焼きそば・ちゃんぽん、ほとんどの客はもちろんラーメン。昼間の営業時間はなんと11時半から午後2時。夕方は6時から9時。こんな生意気な営業で良いのかと思ってしまうが、「スープがなくなり次第閉めさせていただきます」と超生意気なことを書いている。
 客席は20席ほど。それにスタッフは7人も居る。それには訳がある。営業時間はほぼフルに満席なのだ。いつも何人か待っている状態だ。それほど旨いラーメンなのだ。
 ここのラーメンがいちばん旨いと思っている。スープが旨い。
 子供が小さかった頃、もっと近くにお店があって、出前もしてくれていた。
 うそだと思ったら、別府浜脇商店街の中に有るので、一度ご賞味を。

2012年2月22日水曜日

水浸しの山小屋

2週間ぶりくらいに山小屋に行ってみた。戸をあけようとした時、なかで水が流れている音がする。何じゃ、といやな予感がする。中に入ってびっくり。洗濯機につないである水道からジャージャーと音を立てて水が漏れているではないか。
 あわてて蛇口を閉め、バスタオルで何度も吸い取って30分もかかってようやく水はふき取った。おそらく凍ったりとけたりして、緩んだのだろう。一度ホース類をすべてはずして閉めなおし、どうにかもれないようになった。やれやれである。
 そこにタイミングよく役場の人、「水道の使用が今月は異常ですが・・・」、「いやいや水漏れが・・・」「そうですか、原因がわかっていれば」、と請求書をおいていった。
 翌日は久々の晴天。直したチェンソーで倒してあるクヌギをほだぎ用に切った。こういうときに体力が落ちていることがよく解る。すぐに息切れ。5本切っては一服、3本切ってはあたりをぶらぶら。誰からもしかられないし、褒められもしないから(宮沢賢治のよう)まあこれでいいのだが。
 驚いたことに、この寒さの中でシイタケが出ている。下界では梅の花が咲いたというのにここでは芽も出ていない。
 それにしてもここは寒い。

2012年2月12日日曜日

県議会で昼飯をおごってもらう

久しぶりに県議会を訪ねた。若い県議に「昼飯でもどうですか」と誘われ、のこのこ出かけたというわけである。社民・民主合同の「県民クラブ」は18人を擁する第一会派である。
 「あら久しぶりですね」と見知りの受付嬢がコーヒーを運んでくれる。「先生たちはまもなく帰って来ます」というまもなく、H女史が入ってきて「え、どうしたんですか?」と、手でたたく仕草をする。
 K氏が入ってきて、「や?どげんしたんか!」と驚いてみせる。彼とは古いふるーい付き合いである。「こっちは行きよるか?」とゴルフスイングのまねをする。
 ようやく一番若いM氏が入ってきて「すみません、隣の部屋に弁当の用意がしてありますので一緒に食べましょう」といい、受付嬢がすかさずお茶を運んでくれる。
 マックスウエーバーの「職業としての政治」と立花隆・佐藤優の「僕らの頭脳の鍛え方」をプレゼント。「今のうちにしっかり基礎的な力をつけるんですぞ」と生意気なことを言う。
 部屋に戻ると、議員団長のO氏が「おや、お珍しい。何事で?」というので、「いや若い先生に説教されていました」というと、「数は第一会派になりましたが、問題は質です。よろしく。」という。向こうでMが「説教なんかしていません!!」とゼスチャー交じりで叫ぶ。
 ここの部屋の半数くらいは何らかの形で交際がある。質を問われるとすれば、私にも100分の1くらいの責任はある。そう思い込んで注文をつけ続けようと思う。

2012年2月5日日曜日

本は立ち読みがいい

ようやく編集中の二冊の自費出版の本にめどがついた。
 山小屋は雪に覆われていて、このところ近づいていない。こうなると、一日をどう過ごすかが大きな問題になる。
 親しくしているお医者に、「家に閉じこもっていてはだめですよ、一日に一回は外に出て社会の空気を吸って」といわれているので(それをいいことに)ふらふらと遊びに出かける。
 といっても、行くところは大体決まっている。本屋(図書館を含む)か喫茶店か映画館か、最終着地点の雀荘かということになる。
 その点、良く行く本屋は便利だ。中に喫茶店があるし、立ち読み(実際はイスやソファーがおいてあるので座り読みだが)は自由だ。
 NHKの「週間ブックレビュー」で紹介してくれた小説は、ここで立ち読みをすることになる。できるだけ本は買わないことにしているので(特に小説は)実にありがたい空間だ。
 先日も梶村啓二著「野いばら」というまったく知らない小説を参加者がみんな褒めていたので、早速この本屋に行って二日間で読んでしまった。なるほど面白い小説だったなあ。今度はことしの芥川賞作を読んでやろうと思っている。
 オヤ、風邪かなと感じたが、常備の葛根湯を飲んでセーフ。この歳になって風邪はいけない。

2012年1月27日金曜日

狸も遊んでくれない

久しぶりに「生意気な喫茶店」に行った。昼を過ぎた時間なので割りと静か。例によって早速「生意気な女主人」が「どうしたの?誰も遊んでくれないの?」と挑発してくる。
 「そうだね、狸やウサギも遊んでくれないからね」と受け流す。
 「やっぱり昨年のキネマ旬報のランクでは「一枚のはがき」が一位でしたよ。ご祝儀もあるのかな。あなたの推す「僕のエリ」はまったくのランク外です。」と勝ち誇ったように言う。
 「ほう、あの映画の良さが解らない人がそんなに多いのかな?俺は今でもあの映画がダントツだがね」。
 実は昨年はそれほど沢山の映画を見ていない。他には「ヤコブへの手紙」や「ゴーストライター」が印象に残っているくらいだ。まあ、これでは年間ランクがどうのと論評するには無理があるということか。
 人間の悪意と善意を考える映画が多かったという気がする。「僕のエリ」はその典型といえる。
少し飛躍するかも知れないが、「拘留120日」の大坪氏にしても、もし彼がとんとん拍子に出世して最高検の検事になっていたら、そしてもし同じような事件が起きて彼が追求する立場になったとしたら、たぶん事件を作り上げて、大坪氏のような犯人を作り上げていたのではないのか。
 そうすると、人間の悪意や善意はどのようにして醸成されるのかな、ということになる。困ったことだ。
ははは・・・、やっぱり狸と遊んでいたほうが良いや。

2012年1月17日火曜日

「拘留120日」を読む

クヌギ林は一面の雪。
 静かな時間が流れる中を、少し歩いてみる。たぶんウサギだろう、足跡が向うに続いている。
 
 こうなると本を読む読むくらいしか能が無い。
 大坪前大阪特捜部長の「拘留120日」を読んだ。例の厚生省村木氏を逮捕して、部下の検事が証拠改ざんで逮捕され、犯人隠避の容疑で逮捕された御仁だ。
 当時のマスコミの報道ぶりでは、まちがいなく部下の犯罪を知りながらかばって隠していたのだろうという印象を持っていた。世間の反応もそのように流れていたと思う。
 佐藤優の本を読んだ時、拘置所に居る大坪氏に激励の手紙を送った、と書いてあったのでこれは何かありそうだと思ったのがきっかけだった。
 この手記は読み物としてもとても面白かった。
 加えて、最高検という組織が(あるいは官僚という組織が)どのように自分たちの組織を守り、その特権機構を守っていこうと働くのかが良くわかる。
 取調べの様子がとくに面白い。私自身の経験からも(?)なるほどとうなずけるところが随所にある。
 何がしかの既得権を持った組織は、保守であれ革新であれ(死語か?)その権利を守るためには何でもするのだろう。
 
 外は相変わらず、雪が降り続いている。今日は山を下りられないだろうと観念してゆっくり寝ることにした。

2012年1月8日日曜日

チェーンソウを使いこなす

チェーンソウが切れなくなった。
 昨年末、小屋にかかっているクヌギをシイタケ用に伐ってやろうと取り掛かったが、まったく切れない。正月の2日、孫に本を買ってやろうと本屋に行って何気なく月刊誌「現代農業」をめくったら「農具の研ぎ方」特集で「チェーンソウと刈り払い機の研ぎ方」が書いてある。これこれと早速買い求めお勉強。
 3日ヤスリを買い求め、山小屋へ。教科書どおりに研いで実践。
 まだ充分とはいえないが、それでも以前よりはるかに切れる。おかげで目的の木を切り倒すことができた。
 雪が降ってきたので、倒したところで撤収。翌日は午前中水道が凍って水が出なかった。小便も雪の中外で済ます。
 午後隣人を呼んでコーヒータイム。「へえー、伐ったんだ。よく一人でやれましたね。」と隣人。「現代農業」の一件を話して、少し自慢。
 俺もやればできるんだ、と認識したところ。

2012年1月1日日曜日

宮沢賢治を読もう

いよいよ新しい年ですね。
 といっても、何にも変わらない暖かいお正月です。
 でれーとして、食っちゃ寝の生活は去年の続きなのです。これからどのような人生を送るのか、などという問題は確かに目の前にあるのですが、昨年までと同じくどこかの政権に習って先送りしていけばまたそのうち新しい年がやってくるのですから、何の問題もありません。
 目がしっかり薄くなって本を読むのにも不自由してきたとしても、さほど急いで読まなければならない本が有るわけでもありませんから。
 おしっこが近くなって、しかも一回の放尿量が少なくなって回数がやたら増えたとしても、まだ介護の対象にはならないでしょうから。
 頭が薄くなって、冬の寒さがこたえるようになっても、帽子をかぶってごまかせば何とかごまかせるのですから。
 我慢ならないのは、政治家や官僚が国民の税金で生きているくせに、まるで自分のお金のように使って、さらに既得権を増やしてやろうとのみ知恵を使っていることです。 
 今年は選挙があるでしょう。自分のことは勘定に入れない人を選びたいものです。宮沢賢治も言っているではありませんか。「あらゆることに自分を勘定に入れず・・・」と。
 小学1年の孫が突然「宮沢賢治が読みたい」と叫んだそうです。この子は先が読めているのかもしれません。 
 今年もなんだかハチャメチャの出だしです。